保育園の対応

最近、共稼ぎ夫婦が増えている。女性の社会進出は大変好ましく、どんどん活躍して欲しいという気持ちはある。

そこで子どもが預けられる保育園であるが・・。
子どもを保育するということは、健康に対してもある一定の責任を持つということだと認識しているのであるが、薬を飲ませてくれる施設は少ない。

もちろん間違えて飲ませてしまったら大変だし、人数が多くなるとそれだけその危険は高まるに違いない。でもだから飲ませないで良いということにはならないと思っている。

よく「薬は1日2回になりませんか?」と問われることがある。仕方がないので、3回飲むべき薬を2回にしたりしてしのいでいるが、これが結構私にはストレスである。

以前にも書いたのだが、だからといって薬を飲ませるためにいろんな書類をこちらが書かさせるのはたまったものではない。どういう目的か、どのように飲ませるのか、などなど、ちょっと常軌を逸した対応の保育園もある。

世の中全体が取れない責任は取らないという方向に向かっている感じがするが、如何なものだろうか?これでいいのだろうか?仕方のないことなのか?

2005年04月26日

コミュニケーションの重要性

今週はコミュニケーションの重要性を認識させられる日々だった。

21日は「インターネットを使ったコミュニケーション」について講演を行った。従来は電子メールを手紙代わりに使って情報交換をすることと、ホームページに情報を陳列して見てもらうということがされてきた。でもよりよくコミュニケーションを取ることを求めるならば、多様なサービスが用意されている、ということを紹介した。聴衆の反応はイマイチだったが(苦笑)。

23日は自分主催で「頭頚部癌診療に関する問題点について」患者さんの体験談を中心にみんなで考えてみた。各界の関係者に出席していただいて聞いていただいた。よく事情を理解している医師と率直にモノを考えられる市民、という観点でメンバーを選択した。本当はもう少し呼びたい人もいたのだが、会場の関係で21人の会合になった。

私がとても疑問に感じたことがあった。日本では時間がたくさんあって、言葉も通じる一方、アメリカでは手術までの時間があまりなく、言葉の障壁もある。日本ではコミュニケーションエラーが起こってしまい、治療場所をアメリカに求めることになるわけだが、アメリカでは短時間で十分なコミュニケーションが取れて十分に納得した治療が受けられている。これは大変に不思議なことである。

この答えは何か分からないが、医師の心の余裕もあるだろうし、地域全体でコミュニケーションを取ろうとするアメリカの姿勢にあるのかもしれない。医師が診療に集中できるシステムにも要因があるだろう。診療の歴史の重みをみんなが十分に感じて帰国することを考えると、医療環境がコミュニケーションに与える影響は小さくないのではないのではないか?

2005年04月24日

クリニックの処処

4月18日

気管支炎の患者さんが多い。一般には空気が乾いているときが多いとされていると思うが、どうも湿気を帯びてきたときに急に増えるということを経験する。

冷房から後鼻漏が出たという今年1号の患者さんがいらっしゃった。

4月19日

典型的な風邪なのにみんなよほど怖いのか、よほど浸透しているのか、「アレルギーですか?」「花粉がまだ飛んでいるみたいで・・」と言っている人が数多くいる。

でも一方で花粉症でかなり強烈に鼻が詰まっている子供もたくさん見かける。こういうお子さんは将来どのようにしていったら良いのだろう?マスクをつけるのは諦めてはいけないだろう。最低限の予防方法なのだから。最近の子供たちは忙しくなってしまい、減感作を根気よくやるというスタイルは古いのかもしれない。。

2005年04月21日

癌診療

私は癌診療を何とかしよう!ということで開業医をやっています。

えっ・・?開業医では癌診療はできないでしょう?と考えられるかもしれません。しかし、開業医として癌診療を手がけたいと真剣に思っているのです。

普通の開業医も好きですし、診察の精度にはかなりの自信があります。開業以来随分といろんなことをいろんな人に教えてもらったし、最近では自分が教えるようにもなってきています。

しかしまだ大きなヤマが残っています。
癌になった人を本当の意味でサポートする仕組みを作ることです。これは壮大な計画でうまくいくのかどうか分かりません。でも誰にもできないから自分が手を上げようと思うのです。

少しずつ周囲の協力者達にプレゼンしてどんな形が優れているのか考えて行きたいと思っています。今日は一緒にプレゼンをしようと考えている方とお会いして、打ち合わせをしました。従来の考え方から脱出できるようなものを
作り上げたいと思っています。10年くらいかかるかも。

2005年04月17日

風邪の診察

私は風邪の診察の時、『この風邪は今日で何日目の風邪なのか?」ということを一番意識して診察している。

今日は風邪4-5日目ですね?と尋ねた患者さんが、「あーなるほど、だからあのときたくさん汗をかいたのか。わかった!」と妙に合点が行った模様。これがあたると結構気分が良い。そして、4-5日目にふさわしい薬を処方出してめでたしめでたしということになるはず!

2005年04月09日

診察方法の常識非常識

以前に診察方法について感じたことがある。

「子どもの診察は口のなかを最後にするべき。そうでない医師は素人だ!」ということを言っている先生がいた。これは口の中をみられるのを子どもが嫌がるので最後にするという小児科では常識となっていること。

しかし本当にこれは正しいのか?

私は子どもの口の中から得られる情報量も結構多いので、口の中から診察を始めることも時には必要であると思う。みんな口を最後に診察すると決めるのはおかしいだろう。

大人と子どもはどちらを先に診察すべきだろう?

親は子供を先にして自分はあとからゆっくり、というのが一般的か?
しかし今日感じたのは、風邪に関しては親子で同じ風邪を引いている可能性が高いため、診察が容易な大人から診察した方が所見も取りやすく、子どもを診察する時に参考になる事象が多いのではないだろうか?ということである。

まだはっきりしないけれど、大人からの方が風邪に関しては良さそうである。

2005年04月09日

子供

子供の診察は難しい。今日も思ったのだけれど、病気の移ろいが速くてなかなか病気の実態を捉えるのが難しいことが多い。病気になったらすぐに診察できるわけではないので、風邪ですか?アレルギーですか?と聞かれてちょっと返答に詰まることもある。

そういう難しさと子供特有の恐怖感による診察の困難さもある。これを克服するのは大変だが、子供の側がその恐怖を乗り越えるのはもっと大変なことである。その診察が大丈夫なものである、自分のためになる、という確信をこちらが与えてあげなくてはその恐怖をなかなか乗り越えられないだろう。

と思っていたら、ちょっと気になることがちらほら見られた。
「この子にできるかしら?」
「病院では必ず泣くんですよ」
という親御さんの発言である。確かに本音なのかもしれない。でも診察は怖いものではない、あなたのためだよ、という確信を与えようと必死になっているところにちょっと水を差される感じがする。ちょっと正直すぎる。

せめて子供の前でないところで発言してもらえると良い。子供は自分の自信が持てるかどうかの瀬戸際にいるわけである。プラスの暗示があると「できるかもしれない!」という気持ちにもなると思う。でもマイナスの暗示があると「やっぱりできないのかな?」という気持ちになってしまうのではないだろうか?

あー、自分の子育ての態度に跳ね返ってくるなあ。。。

2005年03月27日

覚書

今日は覚書です。

1.睡眠時無呼吸
   アンダーバイトにして無呼吸を治療するというマウスピースが
   ナント通販で売っているとのこと
2.今日の子どもとのやり取り
   今日はちょっと厳しく言い過ぎてしまったかな。泣かせてしまった。
   ちょっと口の効き方が気になって厳しく言ってしまった。
3.今日感じたこと
   ポケットに手を入れたまま診察を受けるのはちょっとあんまりだと
   思った。
4.風邪と生理痛
   風邪をひいて解熱しない方が良いと思っていても生理痛で
   痛み止めを使ったと言われると何もいえないな。
5.めまい
   やはりめまいの患者さんが増えた。今日も結構大きいめまいの人が3人。
6.咳
   話すと咳が出る、という症状の時には燥証による咳嗽が考えられる。
7.花粉症
   月見草オイルが効果があるということで売られているという。
   本当か?根拠はあるのか?

2005年03月25日

子供とのつきあい方

今日も病院では子供達の泣き叫ぶ声がする。

「ちょっとまってー」
『頑張りなさい』

やや冷たい気もするが、親としては子供達にしっかりして欲しいところ。まあ分からないでもない。でも、

「痛いよ。いたい~」
『まだ痛いことはしてない!』『痛くない!』

何て会話が聞こえてくると、子供を下に見ている大人の気持ちが透けてくる。痛いかどうかの主体は子供達である。大人ではない。それを意識していないと子供はいつまでたっても大人たちを受容せず泣き叫んでしまうのである。

「痛いよ」に対しては、
『そう。痛いけれど○○だから我慢しなさい」

と諭していくのが良い対応であると私は思っている。まず受容すること。その時にはうまく行かないこともあるけれど、将来まで受容されたという感覚は子供の側に絶対に残ると信じている。

子供の側にも受容されないと治療は上手くいかない。

そこで、急に中耳炎の話。
耐性菌と言って薬の効きの悪い菌がはびこっているため、急性中耳炎は鼓膜を切って膿を出すのが当然!という風潮である。しかしこの論理には菌と薬と管理する医師の登場はあるけれど、菌を持っている子供のことは忘れられている。

いくらその時に施した良い治療でも、その後から子供が医師あるいは病院不審を持ってしまうと、その後のその子のさまざまな病気の治療に影響が出る可能性がある。確かに菌が死ぬことや数が減ることも重要かもしれないが、子供が病院をいやがらずに健やかに育つことも忘れないでいてもらいたい。

なんだか小児科医のコメントのようだ。。。

2005年03月24日

子どもの診察2

子どもの診察について、今日も思い知らされたこと。

やはり子どもはどんなに慣れていると言っても病院は不安なところらしい。

いつも来ている男の子だからと軽い気持で「もう一度鼻を見せて」と言ったところ、いつもになく拒否反応であった。「ただ鼻の中を見るだけだから」と言っても硬直して拒否のまま。

子どもはそういうところがあるから、私はいつも同じように動いて同じ手順で診察し、同じような処方をしているのである。そりゃあ、違うことをすれば子どもにも拒否されるのは当然かもしれない。やはりどんなになれていても、違和感のあることは子どもに拒否されてしまうのだ!!

そこでいつも診察を始める時のように右手にスプレーを持った状態で「鼻の中をみるぞー」という調子で臨んだら容易に診察させてもらえた。う~ん、子ども診察って本当に難しいけど面白い。そうやって所見をきっちり取ると結構いろいろ分からなかったことが見えてくるというのも実感である。

2005年03月16日