腎は耳に開く(東洋医学の世界)

 73号で「見えないものへの畏怖」というお話をしました
 
 そこで、保険診療では膀胱炎の処方である竜胆瀉肝湯を、耳鳴の患者さんに使いたいと話したら、実は膀胱炎の症状があったため、保険診療で対応できた、というお話でした。

 何だかまるで不思議な世界、見えない世界と思っていましたが、私が敬愛する知恵袋Tさんより中医学的指導(笑)が入りました。

 「膀胱と腎は表裏の関係で、耳は腎に開くと言いますから、耳鳴の人に膀胱炎があることは驚くことではない」

 なるほど~。単純な考察で解釈可能ですね。びっくり。

 さらにSさんからは、湿熱下注という言葉を教えていただきました。湿は熱を連れて下焦(下半身とほぼ同義)に流注する、ということです。

 肝胆湿熱証になると、湿熱が上擾(じょうじょう:上方向に乱れるの意味)して頭痛、めまい、目が赤くなる、耳鳴りなどの症状がでて、一方で、湿熱が下注(下焦に移動)して膀胱炎の症状がでるようです。

 肝胆湿熱証に関して(全て正確か自信がないのですが)分かり易いです。
 
 耳鳴りと膀胱炎が同時に生じることは必然であるという証拠が2つもでてきてしまい、驚きです。これからはそういうモノの見方をしていかないといけないと肝に銘じました。

 さてさて、患者さんの治り具合です。一人だけなのですが、大きさは半分以下になっているとのことでした。下半身の症状はまだ少し改善が十分ではないのですが・・。恐るべし中医学。

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2006年12月24日

パリのホメオパシー事情

 さて、今回はとても貴重なお話を6年以上パリ在住のSYさんからいただきましたので、掲載させていただきます。パリのホメオパシー事情について抜粋しましたのでご覧下さい。

 諸外国の方たちへ。医療事情に関してメールをいただければ幸いです。どんな経験をしたか、というようなもので結構ですので。宜しくお願いいたします。

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 3年ほど前からホメオパシーが生活の一部になっています。3~4ヶ月毎にホメオパスの診察を受けて、季節に合ったレメディと体質改善のレメディを処方してもらいます。体調は以前に比べ改善されたし、体調が崩れ始めたときもすぐに対応できるのでとても助かっています。特にここ数年は流産を2回したり、その後無事出産したり(早産ではありましたが)と、薬を飲めない時期が長かったので副作用がない(注:副作用が全くないわけではないようです)ホメオパシーにはとてもお世話になりました。

 1度目の流産の原因でもあるロタウイルス性腸炎には、4年前から毎年冬になると2~3回は罹っていたのですが、これもホメオパシーのお陰で無縁になりました。2人の娘たち(4歳半と11ヶ月)も私の影響でホメオパシーでちょっとした病気を治してきました。どちらかというと、治したというよりも予防していると言ったほうが正しいのかもしれませんが。。。

 フランスではホメオパシーやアロマテラピーが盛んで、薬局で簡単に手に入るし(もちろん薬剤師に相談してということになりますが)、詳しく解説してある本も普通に本屋に並んでいます。日本で言うところの漢方薬のような感覚なのでしょうか。フランスのホメオパスは医者の資格を持っていることが前提なので、アロパシーと併せて総合的に診断・投薬してもらえるのも利点だと思います。日本にももっとホメオパシーが普及する日が来ることを願わずにはいられません。漢方薬がこれだけ普及したのだから、ホメオパシーにも希望の光が見えるのでは・・・?遠い未来の話でしょうか。
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 もうホメオパシーが生活の一部になっていることが伺えますね。

 ホメオパシーは国によって様々な広がりを見せています。フランスは医師のみがホメオパスのようですが、日本には何も規制がありません。少なくとも枠組みだけは作らないと、明日からみんなホメオパス、ということになりかねません。

 自分たちの健康を共に考えてくれる人が自分たちのホメオパスであって欲しいですよね。一応、私も講習を受けていますよ。

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2006年12月17日

森田療法について ~心身医学臨床研究会

 心身医学臨床研究会に行ってきました。

 森田療法という心理療法に関する講義でしたが、全く初めて聞く内容でしたので、大変に面白かったです。

 神経症によって生じる感情をありのままに受容しつつ、行動は逃げずにすべきことを淡々とやる。そういう中で神経症によって生じていた症状が自然になくなっていく、ということが骨子ではなかったかと思います。

 私は耳鼻咽喉科でも神経症的傾向がある人には集団療法などの特殊治療をやってみたいと思いますが、森田療法ももしかしたら向いている人がいるかもしれませんね。

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2006年12月03日

成都中医学研修5日目(帰国)

 もう当たり前のことになったのですが、朝は7時20分までにチェックアウト、集合だというのに、みんながきちんと揃っています。なんて気持ちの良い人たち!
 ところがひとつの問題が生じました。航空券が手元に見当たらないというのがY先生。何も捨てていないということでしたので、あまり心配はしませんでしたが、やはり空港に着いたときにスーツケースから航空券が出てきたときには嬉しかったですね。海外旅行も何があるか分かりません。
 例によって飛行機は30分の遅延でした。その間、搭乗口脇の本屋を見ると、あるわあるは面白そうな本の数々。中医薬関連の本も充実していて、私でさえ「図説皇帝内経」を買ってしまいました。ほとんど全員が数冊(私は3冊+地図)を買いましたので、本屋はてんやわんやの賑わいになりました。恐らく今までで一番短時間にたくさんの本が売れたのではないでしょうか061105-1061105-2
 北京行きの飛行機の中では、今回の引率者の一人であるT先生の横に座りました。先生は万年歴を買っていたので、午年の私の性格を紐解いていただきました。最初の15行くらい面白いように私の性質を言い当てる文章が並んでいたので大笑いしてしまいました。午年の人がみんなこんななのかしらん?
 北京に着いたのはいいのだけれど、もう飛行機には乗れないといわれてしまうハプニング!結局搭乗口まで全員マラソンの末何とか乗れたのは乗れたのですが、言葉の通じる人が居なければ間違いなく飛行機には乗れなかったでしょう。T先生、本当に感謝です!入国の際に、缶のスプライトまで開けても良いかと聞かれ、開けられてしまったので、その場においてきてしまいました。
 北京から成田まではKさんのおとなりで、成田までずーっとしゃべりっ放しでした。くだらないこともまじめなことも話しに話しました。自分の診療の内容を初めて公開してみましたが、感冒治療の中西医結合に関する自分独自の理論に理解を下さったので大変に嬉しく自信になりました。まだまだ話し足りない感じでしたが、成田にあっという間に着いてしまいました。迂闊にも飛行機内で氷入りのドリンクを飲んでしまい、まだ体調が悪いままです(泣)。
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 成田では涙の(?)別れを惜しみ、T先生、K先生のご自宅近くまでお送りして帰宅しました。
 散々休んだ天罰か、月曜日の診察は100人を超えてしまい、もうへろへろです。

(終わり)

2006年11月07日

成都中医学研修4日目

11月4日土曜日
 今日は実質最終日。講義のあと2つの病棟実習というハードなスケジュールをこなしました。最初の周教授は糖尿病の弁証論治に関する基本的なお話をされ、症例6例について弁証と治療方針について患者さんも交えて詳細に解説いただきました。私はまだ診断名をパッと言われるとなかなかついて行かれないので大変でしたが、基本の大切さをあらためて感じる講義でした。何より私が思ったのは患者さんを前にして、自分の考える治療方針を披露し、その上手くいっている部分と同時に、「まだ今後の治療方針として活血通絡を加えた方がよいかどうか検討している」とか、「清肺解毒の方針をさらに修正していきたい」など率直に自分の考えを述べられたので、率直さがすばらしく思えたのと同時に、医師の自信のある毅然とした態度を見た気がしました。夕方にサイン入りの集合写真をいただき感激しました。
 病棟実習は変更になった其教授でした。061104-1旦那様は中医薬大学五感科(耳鼻科)の教授で、実習に来ておられました。この実習では糖尿病の実際の臨床を拝見しましたが、初めの足を切らなくてはいけないという西医の診断があるにもかかわらず、中医学の力で何人も助けられているという本当に身のある実習でした。血糖自体は西洋薬でコントロールが必要になることもあり、中西医結合の状態だそうですが、合併症の管理は中医学でほとんど管理できると先生はおっしゃっておられました。この実習の一番のポイントは合併症の状態が刻々変化していくわけですが、その状態を状況が変わるたび弁証していき、処方を変えていくきめ細かい管理が必要であるということだと思いました。感染が生じている時と肉芽を盛り上げて上皮化を待つ状態とは全く状況が異なるということでしょう。それぞれに対して中薬を考えていかないといけないということは大変勉強になりました。灸の仕方などの詳しく紹介していただき、陰稜線と足三里を使って治療していました。糖尿病が故の注意点もありました。
 昼食時にはもっぱら中医学と中医学者の日本での立場を良くするにはどうしたら良いのかということで喧々諤々でした。政治力って怖いですね(詳細省略)。その後おみやげを2箇所で少し買いました。
 さて、午後は鐘先生の皮膚科臨床講義でした。皮膚科の中でも尋常性乾癬、蕁麻疹について詳細な解説をいただきました。蕁麻疹も急性、亜急性、慢性と使用する方剤が異なるため、その判断を使い分けが重要であるとおっしゃっていました。再発しやすい疾患が多いため、中薬でもかなり治療には難渋しているように感じられましたが、ステロイドを使用して治療していく疾患が多い中、どのようにその合併症を減らすために中薬を使っていくかということに焦点があったように思います。
 病棟から大学に戻り、私たちは研修の証明証をもらいました(やったーっ)。K先生がデジカメをなくすというハプニングがありましたが、ナント鐘先生が病棟で発見して持ってきてくださったそうです。よかったです。
 その後、教授たちと通訳さんたちと大学関係者の方と私たちで晩餐会を行いました。061104-2私は耳鼻科の熊教授に中医耳鼻科になるには何が大切か?を尋ね、教授は日本の副鼻腔炎治療に関して私に尋ねられました。食事をするのを忘れてしまいそうなくらい話してしまったので、教授と通訳の方がなかなか食事ができなかったです(が、中国流?に気にせずどんどん話をしていました)。奥様の其教授にも午前の講義のお礼を申し上げました。ご夫婦と個人的なことも少し話ができたので、とても面白かったです。最後に本屋で中医耳鼻科の教科書をまた買ってしまいました。そして繁華街を散策してホテルに戻りました。孫文の像とか、百貨店が当地にできたときの様子を示す金属の板が彫られていたり、古い歴史を繁華街でさえ(繁華街だからこそ、かな?)伝えていこうという中国人の態度には見習うべきところが多いと思いました。061104-3
 さらにその後一部の人たちが中医薬大学生のマッサージを受けたとか(詳細不明)。

 今回は、大変に大きな収穫を得ました。それは知己と知恵と自分のやる気です。後から知ったのですが、実は辰巳先生をはじめとする東洋学術出版社の下見隊が料理の味を調節してくれていたということです。そこまでお気遣いいただいた東洋学術出版社の方々にこの場を借りて御礼申し上げます。そして受け入れてくださった成都中医薬大学のスタッフの方たちにも心より御礼申し上げます(中国語では書けない….)。

 私は中国語のワープロ、中日辞典を買うところから始めようと思っています。

2006年11月05日

成都中医学研修3日目

11月3日金曜日
 今日も昨日と同じスケジュールで、まずは8時から成都中医薬大学の郭子光教授から「命門および命門火衰の弁治」というタイトルでご講演、引き続き臨床講義をいただきました。郭教授は今回のツアーの目玉となるような大物教授らしく、私も背筋が張るような思いでおりました。
 命門・・・実はよく分かっておりませんでしたので、ちゃっかりS先生の横に座り、教授がいらっしゃる前に簡単なイントロダクションをいただいて講義に入りました。実はこれが大きな助けになりました。
 西洋医学的には命門は全く否定されてしまうようなものですが、人間の根幹を成すエネルギーのある場所というものが経絡と共に存在しているということは、東洋医学的にはずっと考えられてきたそうです。しかし現代中医学ではその命門を否定するような動きも少なくないようです。郭教授は多くの臓腑の働きが悪く、しかも通常の辛熱の中薬のみを使っただけでは良くならない症例に関しては、「命門火衰」を考えるべきではないか、とおっしゃっておられました。061103-1
 その後患者さんを全員で2人拝見して、その所見に関しても詳細な講義をいただきました。処方もその場でされたので、それをみんなで持ち帰り、あとは各自検討するということになりました。中医薬大学の臨床研修生(学生?)にも付き合っていただきました。
 その後の討論では、命門からの精?(エネルギー)の流れに関すること、血液疾患とくに汎血球減少のときと白血病のような病態のときにどのような対処をすべきか、ということに関してもかなり詳細な議論が交わされました。ちょっと私は外野におりましたが、これから段々と学んで行きたいと思いました。本題とはそれますが、良い人参の見分け方に関しては大変印象に残りました。
 昼食は大学を出てすぐのところにある食堂に行きました。いかにも街中の食堂という感じの店でとても地元では人気のあるところだそうです。料理はおいしいけれど、過去2日よりもやや辛目でした。味が濃厚で食べられないものもありました。後から聞いた話ですが、地元の人は植木の皿に自分の皿をお茶ですすいだ汚水を捨てていたらしい(驚)です。時々感じるけれど、ちょっとトイレも汚かったな。さてそれはさておき・・。
 午後から荷花池薬膳市場に出かけました。061103-2とにかく広くて、生薬の現物がどかどかとところ狭しと並んでいました。治安が悪いところらしいのですが、そんなことを聞くと私はややひるんでしまいました(苦笑)。まあ、素人の私が何かを買うという感じのところではありませんで、先生方のあとをついていって訳も分からず写真を撮りまくっておりましたが、生薬の種類の多さに驚き、入り混じる香りに翻弄され、仕事をしながらマージャンをしている人たちに圧倒され、結構疲れながらも面白いものを見た気がしました。
 その後、オプションまず「杜甫草堂」に行きました。031103-3杜甫は成都に4年の滞在中に240編の詩を残したそうで、その住居が草堂だったとのことです。日本人は「国破れて・・」の詩が有名ですが、中国人にはあまり評判が良くないと聞いて、哀れを重んじるのは日本人の性質なのだと認識しました。とにかく充実した日々をすごしたらしく、本当に街の喧騒から離れることのできる静かで洗練した住居でした。さらにオプションで「武侯祠博物館」にも行きました。ここは三国志で有名な諸葛孔明がまつられている場所で、劉備玄徳とその側近たちもまつられていました。奥には劉備とその奥方の大きな墓があり、周りをぐるっと一周して帰りました。私は昔読んだ三国志がよみがえってきてなんとも懐かしい感じがしました。当時、その地方には流行り病がありたくさんの人が亡くなったそうですが、その時代と張中景が関係しているというK先生たちのお話を聞いて、本当に驚きました。帰国したらそのあたりのことを少し調べてみたいと思います。
 本屋組と合流した後は、ホテルからほど近いところで薬膳料理をいただきました。061103-4食は進みませんでしたが、T先生とN先生、M先生、K先生と囲んだテーブルだけは馬鹿話が異常に盛り上がり(私のせいでしょうか?)、笑いで健康になったということで、めでたし。

2006年11月04日

成都中医学研修2日目

 今日は6時15分起床でした。旅行先の緊張感か、問題なく起きることができました。朝食はバイキング形式でこれも問題なし。7時40分集合で遅刻者なしのデキる人たちが集まっています。
 さて、今日の午前は成都中医薬大学胡教授の炮製理論と実習でした。正直言って、生地黄と熟地黄のことくらいしか知らない私が果たしてついていけるのか?と思っておりました。061102-2しかし、今日の講義はかなり基本的内容であったらしく、またさらに通訳の方の日本語が大変に流暢であったことも有難く、楽しく聞き、見学することができました。黄連、大黄、当帰など、よく使う生薬のことだったこともあってよく分かりました。実習でやられた内容が実は教科書にも出ていることであることにもやや驚きを感じましたかなりマニアックな内容であるかのように感じておりましたが、中医の先生にとっては日常なのだとあらためて感じました。061102-1それにしても中医薬大学の移転先(温江)の広いことに国力の差を感じました。メンバーの皆さんの熱い質問攻めにも胡教授はにこやかに答えてくださいました。本当に短い昼食でしたが、とても充実した内容で驚きつつ、午後の臨床医学院の病棟研修へと向かいました。病院の入り口には担当医の顔写真と経歴の詳細が掲載されていました。医師も選択の対象であり大変かもしれませんが、選ばれし医師たちには本当に働きやすい環境が用意されることでしょう。
 さて、午後は脳卒中に関する陳教授の病棟講義と実習でした。急性期にも効果のある処方の一部を見せていただき、その効果を上げている患者さんたちを拝見しました。私は脳疾患が専門ではありませんが、中医学で脳の急性期に効果のある処方があることには驚きでした。ただ残念だったのはその処方の一部しか公開できないということでしたので、みんなで涙を飲みました。あまり難しいことの分からない私の率直な感想です。日本には中医を受け容れる環境がまだ整っておりませんが、少数の頑張っている人たちの持っている情報量は膨大なものです。中国の中医は臨床経験が豊富で、生薬も安価で容易に入手できますので環境が整っておりますが、他の地域や医師の情報に関してはむしろ日本よりも執着が少ない感じがしました。つまり日本で中医を受け容れる環境が整うなら、この力関係は逆転する可能性もあると思いました。なかなか道のりは険しいでしょうけれど。
 陳教授と張中景像の前で写真を撮り、その後は大学近隣の医学書店でみんな買い物をしました。みんなのどんどん買う姿に後押しされ、不肖私も中医必携の耳鼻咽喉科学書を購入しました。42元でした。061102-3
 夜はまたまた豪華な食事のあとで、観劇鑑賞をしました。コミカルな部分が多くとても笑えました。お面の速変わりなど、驚くような技も披露していただきました。ホテルに帰って22時。本当に中身の濃い1日でした。061102-4
 明日は薬膳市場に行きますが、どんなものを買えばいいのか、買いたくなるのか?内容が分かるかしら?(分からんだろうなあ)それがなんとなく不安な感じです。

2006年11月03日

成都中医学研修1日目

173d4344.jpg家を出るときには好調の予感がしました。しっかり4時半に起床し、5時にねぼけた家族たちと別れ、車で成田に向かいました。途中、車があまり混む事も無く、6時15分ごろに到着。まだ早かったのでグテーッと座っていて、6時50分にS先生率いる四万十軍団と遭遇しました。あれやこれやといううちに勢ぞろい、総勢15名。東洋学術出版の社長さんも見送りに来るなど、このイベントにかける会社の意気込みが感じられました。ご一緒するみなさんも良さそうな人たちでよかった・・。

さて、この後中国国際航空公司のチェックインに向かいますが、なんとも手続きが遅い!散々待たされて結局空港での両替はできず。結局「一元なし」の状態で搭乗口へと向かいました。出国手続きなど、ホントに何とかならんのか!というくらいの混雑。こんな時期にこれだけたくさん出国する余裕のある人がたくさんいるということにややショックをうけつつ、搭乗口へ。結局2時間あった余裕は全て使い果たし、ギリギリの搭乗となったのです。

ほぼ定時に上海に着きました。この後国内線に乗り換えです。入国審査ではやはり手間取り、ここでも2時間の余裕はほとんど食い尽くして次の搭乗口へと向かいました。それにしても審査官の人たちの愛想のないのには驚きます。誰一人笑顔で迎えてはくれません。なんとも厳しい国という感じです。手荷物と身体チェックのあと、「財布がない!」と騒ぐ私。「かばんが無い!」と走るH先生。いずれも在り場所の勘違いで事なきを得ました。

ここで2時間飛行機が遅れるということを知り愕然・・。上海に居るのに搭乗口で2時間しっかり待たせていただきました。その間、お詫びの品?として、機内食ではなく「機外食?」が配られました。これはあまりおいしくなかったです。そこらの弁当屋から持ってきたような情けない弁当でしたが、卑しい私は平らげてしまいました。これで昼食は終わりかと思っていたら、さらに機内食の追い討ち・・・。えええ?さっきの弁当は何??しかしやはり悲しいかな平らげてしまいました。

みなさんの話題といえば、移転や転職の話題が中心です。やはり日本で中医学だけで人生を渡っていくことは大変なのだなと感じました。

結局、上海発は15時40分、成都に到着したのはもう19時を回っていました。実は私はこれでホテルに着いたら寝られると思っていました。ところが・・・本日4回目の食事が待っていました。四川料理の追い討ちです。凄く辛いのかとびくびくしていましたが、あまり辛さを感じることも無くおいしく頂きました。しかし13皿の料理にはさすがにギブアップでした。ビールは味が薄くて物足りない感じでしたね。その後ホテルに移動しましたが、今度は5つ星のゴージャスなエントランスに圧倒されました。

もう現地時刻で23時を過ぎました。明日は8時から講義です。大変だなあ。みなさん、おやすみなさいzzz。

2006年11月02日

鍼灸講座が終了しました

 ★『日本東方医学会主催の鍼灸講座』★

 とうとう講座が終了したので、感動の終了式がありました。立派な修了証書もいただきましたので、いずれアップしようと思っています。

 鍼治療も含めた東洋医学の可能性は相当大きいものがありますね末期がんと診断された人が30%程度長期生存しているということは本当に驚きです。

 東洋医学をより深く学びたいという気持ちが生じる理由は、同じ状態をいろいろな角度から多角的に検討できるからです。より本質に近づけると思いますし、治療の内容も多彩になると思うのです。

 近日中に診療に鍼治療を取り入れて行きたいと思っています。もう材料を注文したのですよ。どうなりますか・・。

メルマガ「実践ロハス生活!これであなたも医者いらず」より

2006年10月22日